アリスは時間通りにやってきた。私たちは夕暮れの前で津村さんを待つ。夕暮れの中からこの世界へと、赤黒い何かが染み出していた。それはけして触れることのできないもので、夕暮れの毒気に似た匂いをしている。
「遅いね、津村さん」
アリスが退屈そうにそう言った。「そうだね。遅いね」ぼそりと答える。私はどきどきしている。夕暮れの中に入るということにまだ慣れていないからだ。それに今日は、アリスも一緒だ。アリスの方は別に緊張などしていない様子で、ぼうっと遠くを見ているけれど。
「そういえば夕暮れって一体なんなんだろうね」
不意と、アリスがそう訊ねた。
「え」
「ほら、夕暮れって言葉は、一体何を指しているんだろう?」
アリスの質問の意味をすぐには理解することができず、私は回転の遅い頭を揺らしながら黙っていた。
しばらく、二人の間に沈黙が浮遊する。それをさっと振り払ったのはアリスの凛とした声色だった。
「なんだか、欠落の集合体のことを夕暮れって呼んでるのかな、って気がしたの」
相変わらず、アリスは遠くを見ていた。夕暮れよりもずっと遠く、宇宙の、さらに向こう。
私は何も答えることができなかった。ねえ、アリス。と呼びかけることさえもできないでいた。ただ、津村さんが来るのを、じっと待っていた。