そこは紛れもなく夕暮れの中だった。夕暮れ内部は予想通り欠落感で満たされていて、わたしは最初の呼吸を始めるのに少し戸惑ってしまった。
「やっぱり少し怖いです。わたし、夕暮れの中に入るの、これが初めてだから」
「そんなに怖がることはないよ。夕暮れにあてられて意識がおかしくなる人がたまにいるんだけど、どうやら君は大丈夫みたいだし」
夕暮れの中のでこぼことした道で、津村さんの背中で揺れてる黄色いリュックサックを追いかけていく。津村さんが“くぼみ”を踏むたびに黄色のリュックサックも津村さんの体と一緒に上下する。ゆらゆらと揺れるべたついた黄色ばかり見つめていると、頭が緩くなってぼーっとしてきた。これが夕暮れの毒気、なんだろうか。
「もう少しだよ。もう少しで夕暮れの中心にたどり着く」
「夕暮れの、中心」
ゆうぐれの、ちゅうしん。
頭の中でこっそりと繰り返す。もやもやとしたぬるさは姿を消し、足取りもはっきりとしてくる。わたしはずっとそこを目指していたのだ。ずうっと。
「ドキドキしてる?」
どきどき。
その響きに胸がドキドキした。心臓の鼓動を意識した途端、その音ばかりがぐるぐると流れてくる。一度その音を耳にしてしまうと、もうやつらからは逃げられない。
どすん。
前を歩く津村さんの黄色いリュックにぶつかった。
「ここが夕暮れの中心だよ」
津村さんが私に前に行くように合図した。おそるおそる足を踏み出す。
「落ちないように気をつけてね」
「わあ」
狭かった道は急に開けて、そこにはぽかんと大きな穴が開いていた。ずっと深くまで潜れそうな、ひんやりとした怖さを感じるような大穴。
なんだか頭の奥のほうが、ゆらぐ。暖かい泥水が目耳口鼻から脳味噌に侵入してくる感じだ。脳の灰白質の溝に染み込んでくる、どろどろ。夕暮れは、圧倒的だ。私のちっぽけな意識は、甘くにじんで消えた。