「目が覚めたかい?」
ぼやけた視界の向こう側から津村さんの声がする。目を開けるのが苦しい。脳が起きるのを拒否しているみたいだ。
「夕暮れの中で君は意識を失ったんだ。きっと夕暮れの毒気にあてられたんだ。でもそんなにひどくはないみたいだね」
「夕暮れの毒気、ですか」
ゆうぐれのどくけ。
不思議だ。夕暮れの中心で感じた吸い込まれるような恐さに、今ではなんだか親しみを感じている。ああいう冷たさが、あの夕暮れのなかにあったなんて――。
「それより、もう遅いから帰ったほうがいいよ。ほら」
時計の針は九時を回ったところだった。津村さんの言う通り私は帰ることにする。
「今日はほんとうにすいませんでした」
「気にしないで。また落ち着いたらいつでも声をかけてよ。いつでも夕暮れに連れてくから」
帰り道というのは、基本的に寒いものだと思う。春夏秋冬に関わらず、夜の帰り道は、寒いのだ。
スカートの下から入り込んでくる風は冷たい。夕暮れとは対照的な冷たさ。冷たさにもたくさんの種類があることを知った。
夜の帰り道はとても哀しい。夕暮れの毒気がまだ頭に残っているのか、少しぼうっとする頭をなんとか正気に戻して歩く。
よるのかえりみちは、とっても、かなしい。