家に帰ると黒猫のベンジャミンがサルバドール・ダリの画集を眺めているところだった。彼は“カリカリに焼いたベーコンのあるやわらかい自画像”という絵に興味を持っているようだった。
「ねえ、玄関で本を広げるのはやめてって言ってるじゃん。それ、わざわざ二階から持ってきたの?」「癖なんだ。玄関じゃないと落ち着いて本が読めないんだよ」「面倒な癖。晩御飯までには片付けておいてよ」
ベンジャミンは眠たそうに返事をする。片付ける気配は一向にみられない。あんな重い本を二階から引っ張ってくるなんて、この猫どうかしてる。
「そういえば今日は夕暮れに入ったんだろ?服に染み付いてるぜ、夕暮れの匂いが」
ベンジャミンはなぜか夕暮れに詳しい。
「で、どうだった?」
どうだったのだろう。夕暮れの中をでこぼこ道に苦労しながら進んでいたら夕暮れの真ん中にたどり着いていつのまにか気を失っていました。ベンジャミンにそう話す。それと、夕暮れに脳が犯されるような感触を味わったことも。
「やばいぜ、お前。よく帰ってこれたな」「そりゃ、津村さんが連れて帰ってきてくれたからね。覚えてないけど」「違うよ。魂がアッチに行ったままじゃなくてよかったな、って言ってるんだよ」
たましい。
夕暮れの中に潜ったまま帰ってこないっていうのもいいかな、なんてベンジャミンに言うと、きっと怒られるんだろう。ひっかき傷をつくられたくないので私は何も言わずに自分の部屋へ上がった。